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京都地方裁判所 昭和61年(ワ)2444号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 河本光平

被告 乙山松子こと 乙松子

〈ほか五名〉

被告ら訴訟代理人弁護士 小島孝

主文

一  原告に対し、被告乙松子は金五四〇万〇四〇〇円及びこれに対する昭和六一年一二月二一日以降完済まで年五分の割合による金員を、被告乙二郎、同乙三郎、同乙夏子は各自金一〇八万〇〇八〇円及び同各金員に対する昭和六一年一二月二一日以降完済まで年五分の割合による金員を、被告乙一郎、同乙春子は各自金一五八万〇〇八〇円及び同各金員に対する被告乙一郎については昭和六一年一二月七日以降、同乙春子については同年同月二一日以降各完済までいずれも年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告乙松子、同乙二郎、同乙三郎、同乙夏子との間に生じた分はこれを三分し、その一を原告の、その余を右被告らの負担とし、原告と被告乙一郎、同乙春子との間に生じた分は同被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告乙松子は、原告に対し、金七九〇万〇四〇〇円及びこれに対する昭和六一年一二月一四日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告乙二郎、同乙三郎、同乙一郎、同乙春子、同乙夏子は、原告に対し、それぞれ金一五八万〇〇八〇円及びこれらに対する被告乙一郎については昭和六一年一一月三〇日から、その余の被告らについては同年一二月一四日から各完済にいたるまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  金銭消費貸借契約の成立

原告は訴外乙太郎(以下「訴外太郎」という。)に対し、つぎの通り五回にわたり金員を貸付けた。但し期限・利息の定めはなかった。

(1) 昭和五四年一二月二〇日 金三〇〇万円

(2) 昭和五五年四月二〇日 金三〇〇万円

(3) 昭和五五年五月二〇日 金三〇〇万円

(4) 昭和五五年六月一四日 金四〇〇万円

(5) 昭和五九年二月一五日 金三〇〇万円

合計 金一六〇〇万円

2  訴外太郎らの弁済

訴外太郎は、昭和六〇年一〇月五日金一〇万円を返済し、昭和六一年一月六日死亡した。

その後訴外太郎の相続人である被告らは同年同月一三日金九万九二〇〇円を支払ったのみで、残金一五八〇万〇八〇〇円についての支払いを拒絶している。

3  被告らの義務

被告らは訴外太郎の相続人であるが、同訴外人の国籍が朝鮮で、かつ同国の相続法が不明なため、準拠すべき相続法として日本民法を用いた場合、各被告らの前記貸付金返済義務の負担割合は次の通りとなる。なお、訴外太郎と被告らの関係、被告らの生年月日は別紙親族関係図記載の通りである。

1 被告乙松子は二分の一で 金七九〇万〇四〇〇円

2 被告乙二郎は一〇分の一で 金一五八万〇〇八〇円

3 被告乙三郎は一〇分の一で 金一五八万〇〇八〇円

4 被告乙一郎は一〇分の一で 金一五八万〇〇八〇円

5 被告乙春子は一〇分の一で 金一五八万〇〇八〇円

6 被告乙夏子は一〇分の一で 金一五八万〇〇八〇円

よって、本訴訟に及んだ。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は否認する。

2  同2項の事実中、被告らが相続人であること及び原告主張の金員を交付したことは認めるが、その余の事実は不知。

3  同3項の事実中、訴外太郎の国籍が朝鮮であること、被告らが訴外太郎の相続人であることは認め、その余の事実は否認する。

三  抗弁

1  仮に原告の主張が認められるとしても、被告らは、原告に対し各自次のとおりの損害賠償債権を有する。すなわち、

(一) 被告松子は、昭和三一年一月六日訴外太郎と結婚し、以来訴外太郎と円満な家庭生活を営み、その間昭和三三年二月一二日被告長男一郎、昭和三四年一一月一六日被告長女春子、昭和三九年一〇月一〇日被告次男二郎、昭和四一年七月一日被告三男三郎、昭和四三年三月六日被告次女夏子を出生した。

(二) 訴外太郎は、スクラップ業や製缶業を営み甲田株式会社等を経営する一方、子供の学校の乙田会の役員をし、被告二郎が中学三年になった昭和五四年には乙田会本部役員となり、被告二郎と同学年の子供を持ち同じ乙田会の本部役員となっていた原告と親しくなった。

以後原告は訴外太郎には妻子があることを熟知しながら訴外太郎と肉体関係を持つようになった。そして、その後原告は、訴外太郎とともに他に住居を構え同棲して肉体関係を継続し、そのため訴外太郎が被告らのもとに帰るのは年に数回しかなかった。右原告と訴外太郎との関係は、同人が死亡した昭和六一年一月六日頃まで続いた。

原告は、訴外太郎の死亡後その長男である被告一郎を呼び出し原告と訴外太郎との右のような関係は七年にわたり、そのことは朝鮮総連の役員等も皆知っていることであるといい出す始末であった。

右のような事実を知った被告らは驚天動地し、特に被告松子はそのショックにより病に伏し病院で治療を受けるようになった。

(三) 被告松子は訴外太郎と婚姻以来二三年間円満な家庭生活を送っていたが、原告は昭和五四年頃から訴外太郎が死亡するまで七年間にわたり訴外太郎と肉体関係を継続し被告らの気持ちをふみにじり、かつ被告らの家庭生活、夫婦生活を破壊状態に陥らしめた。

かかる原告の行動は被告松子の訴外太郎に対する貞操を要求する権利、子の親に対する親権、親子関係を侵害し幸福で円満な家庭生活を破壊させた不法行為であり、被告らは甚大な精神的苦痛を被っており、これに対する慰謝料としては被告松子については金一五〇〇万円、その余の被告らについては各金二〇〇万円が相当である。

よって被告らは昭和六二年八月一〇日の第八回口頭弁論期日においてそれぞれ右各自の損害賠償債権と原告の請求債権とを対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

被告ら主張の慰藉料請求権の存在及びその金額については争うが、抗弁事実自体については認否せず、その結果民訴法一四〇条一項所定の擬制自白と見なされても不服はない。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、訴外太郎は、昭和六〇年一〇月五日原告に対し金一〇万円を返済したこと、訴外太郎と被告らとの関係及び被告らの年令は別紙親族関係図記載のとおりであって、被告乙松子は訴外太郎の妻であり、その余の被告らは訴外太郎及び被告乙松子の子であること、訴外太郎は、朝鮮に国籍を有する外国人であるが、昭和六一年一月六日死亡したこと、同人の死亡後の同月一三日被告らは原告に対し、訴外太郎の本件貸金債務の返済として金九万九二〇〇円を支払ったこと、以上の事実が認められ(被告らが原告に対し金九万九二〇〇円を交付したことは被告らの認めるところである。)(る。)。《証拠判断省略》

二  ところで、本件は朝鮮に国籍を有する訴外太郎の相続を前提とする事件であるところ、相続の準拠法は法例二五条によって被相続人の本国法によることになるが、朝鮮は、本件相続の原因たる事実が発生する前から大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国(以下「北鮮」という。)とに分裂し、それぞれ独自の法秩序を形成し、現実には、いわゆる三八度線を境として南北朝鮮の各地域を各別に統治していることは公知の事実であり、このような場合、大韓民国法または北鮮法のいずれを属人法とすべきかは、一国数法の場合の国際私法上の規定である法例二七条三項を類推適用して解決するのが相当である。そして、その際、適用されるべき本国法の決定に当っては、当事者がいずれの法秩序とより密接な関係があるかによって判定すべきところ、《証拠省略》によれば、訴外太郎の本籍は明らかではないが、同人は生前自己の国籍を北鮮である旨述べており、朝鮮総連にも関与していたことが認められ、右事実に照らせば、訴外太郎が身分上より密接な関係を有する法秩序は、北鮮と認めるのが相当である。

したがって、本件においては北鮮の法をもって法例二五条の被相続人の本国法と解すべきであるが、同国の実体的私法についてはその内容を知り得ない状態であり、結局、法定地法たる日本民法を適用すべきものと解するのが相当である。

日本民法によれば、被告らは、訴外太郎の共同相続人に該り、同人の原告に対する前記貸金残債務につき、相続により原告主張のとおり(請求原因3項記載)の各割合及び金額で承継したことになる。

そして、前記貸金債務は期限の定めがなかったのであるから、その期限は、被告らに対し本訴状が送達された日より相当期間経過後に到来するものである(民法五九一条一項)ところ、右訴状送達の日は、被告乙一郎については昭和六一年一一月二九日、その余の被告らについては同年一二月一三日であることが記録上明らかであり。右相当期間はいずれも一週間と認めるのが相当である。

三  次に、被告らの抗弁について検討する。

1  被告ら主張の抗弁事実自体は、原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。そして、《証拠省略》によると、原告が訴外太郎と同棲を始めたのは昭和五四年ころであると認められる。

2  右事実によれば、原告は、訴外太郎と情交関係をもちこれを継続したことによって、故意に訴外太郎が被告乙松子に対して負う貞操義務の違反に加担したものというべきであり、《証拠省略》によれば、同被告は原告の右行為によって多大の精神的苦痛を受けたことが認められるから、原告は右被告に対し、右精神的苦痛に対する慰藉料を支払うべき義務がある。

また、前記1の事実によれば、原告が訴外太郎と同棲を始めた昭和五四年ころ当時、被告乙二郎、同乙三郎、同乙夏子は、それぞれ一五才、一三才、一一才の未成年であったが、同被告らは、原告が訴外太郎と同棲した結果、被告乙二郎については約五年間、同乙三郎、同乙夏子についてはそれぞれ約七年間訴外太郎から父としての愛情、監護を受けられず、父母との共同生活によって得られる精神的平和を乱され、その人格的利益を侵害されたものということができ、これにより右被告らは精神的苦痛を受けたことが推認される。

よって、原告は右被告らに対し、不法行為に基づき相当の慰藉料を支払うべき義務がある。

そして、《証拠省略》によれば、訴外太郎は、原告との同棲中も、家族の生活費自体は被告乙松子に毎月送金していたと認められること、原告が訴外太郎と不倫な関係に入ったきっかけが原告の積極的な誘惑によるとの証拠はないこと、その他本件に現われた諸般の事情を総合すると、原告の支払うべき慰藉料は、被告乙松子について金二五〇万円、被告乙二郎、同乙三郎、同乙夏子について各金五〇万円をもって相当と認める。

3  被告乙一郎、同乙春子は、原告は不法行為に基づき同被告らに対しても慰藉料を支払うべき義務がある旨主張するが、前記1の事実によると、右被告らは、原告が訴外太郎と同棲を始めた昭和五四年ころ既に成人に達していたものであり(被告乙春子については、仮に正確には満二〇才に達していなかったとしても、ほぼ成人に近いものである。)、このように、成人した子については、未成年の子の場合と異なり、その親との親族共同生活によって得られる精神的平和、幸福感その他の愛情利益をもって法の保護に値する人格的利益とまでは未だ認められないから、右被告らの主張は採用できない。

4  前記2によると、原告に対し、被告乙松子は金二五〇万円、被告乙二郎、同乙三郎、同乙夏子は各金五〇万円の損害賠償請求債権を有するところ、右被告らが昭和六二年八月一〇日の本件第八回口頭弁論期日において、右各債権と原告の右被告らに対する本件貸金債権とを対当額において相殺する旨意思表示をしたことは、前記のとおりである。

そうすると、右被告らの原告に対する前記各貸金債務は、右相殺の結果、被告乙松子については金五四〇万〇四〇〇円、同乙二郎、同乙三郎、同乙夏子については各金一〇八万〇〇八〇円となることが明らかである。

四  以上によれば、原告に対し、貸金債務として、被告乙松子は金五四〇万〇四〇〇円、被告乙二郎、同乙三郎、同乙夏子は各金一〇八万〇〇八〇円、被告乙一郎、同乙春子は各金一五八万〇〇八〇円、並びに右各金員に対し被告乙一郎は昭和六一年一二月七日以降、その余の被告らは同年一二月二一日以降各完済までいずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきである。

よって、原告の被告らに対する本件請求は、右認定の限度で理由があるので認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田多喜子)

〈以下省略〉

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